4年目


 みなさんこんにちは。今回は4年目に入った感想を書いてみます。

いろいろな方々に支えらてきたことに感謝しています
 前回報告したように、あと2年USに滞在することになりました。30台前半の大事な時期をUSで過ごすことは大変幸せなことでもあり、今後の自分の人生にも大きく影響することなのだと思っています。たいていのポスドクの方は2年から3年で帰国されます。御家族をお持ちの方も多いですから、お子さまのことも考えておられることでしょう。税金のこともありますし、あまり長い間ポスドクでいると、日本での就職の機会を狭めることにもなってしまいます。Science以外の世界で過ごしている友人には、5年とはずいぶん長いね、とも言われました。思えば、日本にいる家族はなかなか手の届かない海外で生活していることに、心配もしていることでしょう。早く安定した職について、家庭も築いて欲しいと思っていると思います。当の本人も、だんだんと時間の重みを感じはじめています。日本の先生方には、ポスドクでいる間が一番楽しいよ、と何度も言われてきました。その時間を少し長めに使っている私は贅沢なのかもしれません。ボスや周りの仲間に恵まれ、やっている仕事もとてもやりがいがありやりたくてやっていることですから、こんなに幸せなことはありません。学振など、いろんなところからの援助もあって、今の自分が成り立っているのですから、本当にいろんなところに感謝して、生活して行かなければいけないと、心に思うようになりました。

Blair labでの立場の変化
 Blair labでも、Timが抜けたことで、私にかかる責任というものも大きくなってきました。Rotationの学生さんの面倒を見たり、ラボの他のメンバーのヘルプをしたり、他のラボから試薬や機械のことで質問されるのも主に私へ向けられるようになりました。実際のラボの運営はもちろんボスがマネージしますが、細かいところでは、私も責任を持って担当して行かなければならないことが増えてきました。大きく変わったこととして、試薬の注文は私が行うようになりました(それまではTimがやっていた)。これは私にとっても大きなチャレンジでした。試薬の注文は日本だとノートに書いておけば、毎日業者の人がそのノートをチェックして注文してくれますから、実際の作業はノートに希望を書くだけでした。しかし、こちらでは、自分で欲しい品物のカタログ番号を調べ、業者ごとに注文シートを書いてPurchase order number  (PO number)をaccounting officeからもらい、各会社のCustomer serviceに自分で電話して、注文しなければならないのです。注文の際には、商品のカタログ番号と注文の数、PO number、billing address、shipping address、attention person's name (Dr. Blair)、私の名前と電話番号などを相手に伝えなければなりません。会社によっては、customer numberをくれるところがあり、名前とその番号を言えば、billing addressとshipping addressはcomputer上に出てくるようです。最初は電話しなければならないので非常に嫌でした。いくら慣れてきたとは言え、電話だけはなかなか苦手意識を拭えなかったのです。こちらの英語が通じないこともよくあって、スペルを一つ一つ言わなければならなかったことも何度かありました。その場合も、アルファベットごとに言い方があるようです。たとえば、Oだと、「OscarのO」といった具合です。それが最近ようやく苦手意識がなくなってきました。最初は自分でカタログ番号を調べたりしなければならないから、本当に面倒でしたが、商品の値段や細かい特徴なども電話で会社の人からきちんとダイレクトに聞けることが、最近では楽しくすら思えてきます。電話の向こう側も、非常に丁寧で対応も気持ちよいものばかりですから、こちらもリラックスして話すことができます。リラックスすれば、どれくらいの時間で荷物が届くのか、など、最初のころは聞き逃していたようなことも、きっちり聞くことができるようになってきます。実は今日も試薬の注文をしたところなのです。ということで、電話が恐くなくなったことは、自分の中では大きな変化となりました。いろんなラボの責任が降り掛かってくることで、自分も鍛えられていると思います。

私生活はどう変わってきたか
 私生活ではどうか? 最近少し思うようになったのは、良いことなのかどうか分かりませんが、アメリカの芸能人やスポーツ選手の名前がだいぶ分かるようになってきたと言うことです。映画やテレビの新番組の出演者を結構覚えてしまうのです。またTonight showやLate night showなどのトークショーのゲストも、大抵分かるようになってしまいました。来た当初は洋画や海外ドラマなど、日本ではほとんど見なかったので、全くと言っていいほど芸能人は知らなかったのに、今なんて、映画の予告編を見ると、あ、この女優さんこんなところで出ていたんだ、などと分かってしまうのです。周りの日本人仲間の間でもマニアックと言うことにされてしまいました。アメリカ人と話していても、私の方がよく知っていたりすることすらありました。つい最近日本人の仲間数人で集まってお酒を飲む機会があり、話題が「どんなタイプの女性が好みか?」となって、男性の友人たちは「やっぱ松嶋奈々子だね」とか「いやあ森高千里だよ」などと言っている中、僕だけ「Renee ZellwegerかNaomi WattsがHOTなんだよなぁ」とポロッと無意識に言ってしまい、誰だよそれ、と突っ込まれてしまいました(笑)。ただ、アメリカ生活が長くなっても、日本人の知り合いの数の総数は不思議と変わらないのです。仲良くさせていただくようになってすぐに帰国されるという短期の方が多いからでしょうか。面白いことに、Uの医学部にいる日本人研究者(お医者さんが多い)の方々が、意外にも私のweb siteを時々ご覧になっているそうなのです。ときどき、初めてお会いした方に、ホームページ見てますよ、なんて話し掛けていただくことがあるので驚きます。あまり更新していないと、「最近は忙しいのかなと思って連絡しませんでしたよ」と言われたり、なんだか不思議な感じがしています。

日本も見習うべきアメリカの寛容さ
 アメリカそのものに対して思うこととしては、よくも悪くも「自由の国アメリカ」なのだ、ということですね。最近特に日本と比較して考えると、日本はもっと異なる文化や考え方に寛容であるべきだ、と思います。アメリカの良さは、とりあえず「いろいろな異文化を受け入れる」素地がしっかりと根付いていること。まず取り込んでみて、だめならばやめればいい、ということなのですね。異文化は異文化で、その居場所をちゃんと見つけて育って行くのですからそこがまたすごいところです。責任感の強さも人によって違いますが、自分のことに関しては多くの人が責任を持てるように努力していると思います。悪く言えば、自分のことしか考えない、ですが、良く言えば、人のことには干渉しない、ということになります。自分は自分で独立していくんだ、という独立心のようなものが、小さいころから徹底して叩き込まれているように思いますね。日本は責任をある程度分担してみんなで一つのモノを協力して作り上げることに優れているような気がします。それが非常にうまく機能する時もありますよね。でも、個人のオリジナリティーを発揮するのが難しかったりもします。どちらもいいところがあるので、バランスよく行くことが大事ですよね。
 私の仲良くしているフランス人の女性がいるのですが、彼女はどうもアメリカのことがあまり好きではないようです。前に「Seijiは日本からこちらにはじめてきた時、カルチャーショックを感じなかったか?」と聞かれて、「日本車はいっぱい走っているし、電化製品とかほとんど同じだし、人々は優しいからそんなにショックではなかった」というと、彼女は「私はすごくショックだった」というのです。フランスとアメリカじゃそんなに変わらないんじゃないかと思いますが、彼女いわく、人間関係が軽くてそれが嫌なのだそうです。すぐ打ち解けて仲良くはなれるけれど、深い付き合いができない、それが苦痛なのだというのです。私はあまりそんなことを感じなかったのですが、ある時のディナー(私以外全員アメリカ人)で、なるほどと思ったことがありました。アメリカだと、友達の友達ということで、ディナーにひょいと顔を出すことは頻繁にあります。お互い全く知らないけれど、共通の友人がいるから、ということでディナーで一緒になったりするわけです。そこで一通り自己紹介して、社交辞令程度の会話をしますが、ふと気が付くと、結構みんな交わらずもともと知っている仲間同士でずっと盛り上がっていたりするわけです。テーブルの片方の端ともう片方の端で全く違う話題で盛り上がり、お互いに干渉しないのです。それでホストの友人はどちらにも巧みに加わっているのです。そう、ものすごくさらりとした関係なわけです。そしてそれが普通のように見えました。帰る時間になると、ほとんど話をしなかったのに、「Thanks for a wonderful night with you. It is fun to meet you, really」等と言われてお別れしたりします。最近ではこういうアメリカのスタイルに慣れてきたので、ええっ?とは思いませんが、フランス人の友人には、こういう付き合いと言うのが好きではないようです。その一方で、日本から来てそろそろ半年ほど経ってちょうど生活に慣れてきた友人たちは、こういうさらりとしていてお互い干渉しあわない関係がとてもイゴゴチがいいようです。職場にしても、私生活にしても、日本にいるころに比べてすごく楽になった、という声を良く聞きます。私の場合はどうだろう? 今は深い付き合いをできる友達もいるし、さらりとした友達もいますから、両方を楽しんでいると言うことなのでしょうね。

アメリカに根付いて行く異文化とその背景についての考察
 あと面白いなあと思うのは、我がラボにいる韓国人の学生さんを見ていて、韓国人社会というのは本当にアメリカの中にしっかりとあるんだな、ということです。彼を見ていると、ラボにしょっちゅうかかってくる電話はほとんどKoreanからのようで、いつも韓国語を話しています。一緒にいるのはたいてい家族(奥さんはpre-medの学生さん)か、Koreanの人たち。信心深いクリスチャンでもある彼は、韓国人教会の仕事も忙しいようです。そう、見ていると、住んでいるのはアメリカだけど、その社会は韓国のような感じに見えるのです。大学のカフェテリアでも、日本人同士でつるんでいるのはそんなに多くない(結構みんなバラバラに一人で食べているみたい)のに対し、韓国系の人たちはたいてい固まっています。そこからハングルが聞こえてくるので、分かるわけです。そこで我が学生さんに、「韓国人っていつも集まっているように見えるんだけど、それはなぜ?」と聞くと、本人もなぜだか分からないと言います。更に聞くと彼等の韓国人社会と言うのは教会もあるせいか、とてもしっかりしているようです。考えてみれば、数年で帰国しあまり根付かない日本人が、どちらかというとつるまないのに対し、永住を考えてきている韓国の人がアメリカで自分達の社会を築いて行くのは、実は自然なことなのかもしれませんね。中国やインドからの人たちも、Uにはしっかりとしたassociationがあるようで、お互いに助け合っているようです。私の親しい中国人の学生さんは前に、「やっぱり考え方がずいぶん違うから、どうしても友達と言うと同じ中国人になってしまうね」と言ってました。移民の国アメリカでは、全世界からやってきた人たちが、それぞれのコミュニティーを作り、ごっちゃになっています。昔はmelting potといって、いろんな文化が混ざりあっていましたが、今はsalad bowlといって、一見混ざっているようで、実はそれぞれが独自の文化を個別に育てていて、交わることがない、という状況になっているようです。それが今のアメリカを反映しているように思います。お互いを尊重し、受け入れ、交わらない、自分は自分と言う独立した関係で成り立っている社会。それでは、お互いのことを理解できないではないか、と思うでしょう。ある面でその通りだなと思うこともあります。殆どのアメリカ人が、他国のことに対してI don't careであり、無知なのには本当に驚きます。それこそが、9/11を引き起こしたとも言えますね。そういえば、こんなこともありました。友達の友達と言う女性(アメリカ人)と自己紹介の後に会話を展開させようとして、その方の出身地がある有名プロ野球チームの本拠地だったので、取りあえず無難にそれで盛り上げようと思い、「***選手ってしってる? 地元での人気はどんな感じなの?」と聞くと、「I don't care sports」。こっちが気を使って話をしようと話題をふっているのにそれはないんじゃない・・・とあっけにとられてしまう私。気を取り直して、別の話題にすると「ああ、それなら分かるわよ」と盛り上がったのでした。このことが示すように、自分が関心をもっていることには、興味を示すし乗ってきますが、そうでないことに関しては全く気乗りがしないわけです。最近ではそんなことにも慣れてしまいましたけどね。まあ、9/11以来、少しづつですが、変わってきているような気もします。大学でも国際関係を講議する多くのセミナーが開かれるようになりました。こういうところが、アメリカの柔軟で好きなところです。あ、そういえば、日本では大きな話題になっているサッカーのワールドカップですが、こちらでは全く話にすら登ってきません。NBAとNHLのプレーオフのシーズンであること、MLBが始まりみんなこれらのプロスポーツに夢中です。アメリカチームも参加するはずなのですが、全く話題にならないのは少し残念な気もします。でも、女子のサッカーの時のように、勝ち出すと大きな話題になることは間違いないと思います。面白いものです。結局アメリカでは、自分の好きなことを人目を気にすることなく存分に楽しんでいて、誰が何と言おうと全く気にしていないし、それで十分ハッピーに暮らしていけるのだと言うことですね。

 なんだか取り留めなく書いてしまいました。それではまた。

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