細胞を包む膜には、生命維持に最も重要な感覚レセプターやエネルギー変換蛋白質が埋め込まれ、機能する。この生体膜上で起こるイオンの流れから回転運動へのエネルギー変換機構について、バクテリアのべん毛モーターを主な材料にして分子のレベルで解析している。また、べん毛回転方向の制御機構に関連する感覚情報変換系についての分子機構解析を、遺伝子工学、蛋白化学の手法により行っている。さらに、細胞の形や生体膜上での超分子体の位置や動きを決めるしくみについても研究を進めている。
細菌は、イオンの流れをエネルギー源として、らせん型べん毛繊維をスクリューのように回転させて運動する。推進力を生み出すべん毛繊維は細菌の体長の数倍もの長さで、その根元にあるモーターにより回転している。これは身長160cmの人が4mの紐を回し、しかも、毎秒1700回転というF1モーターマシンのエンジン並の速度でそれを回転させているに等しい。この生物が生み出したべん毛ナノマシンは、実は生物界において唯一の膜超分子回転運動器官でもある。それでは、べん毛はどのような仕組みで回転しているのだろうか?通常はH+で回転する大腸菌のモーターを、遺伝子組替えによりNa+駆動型に変換して解析を容易にする。べん毛繊維にビーズを付けて回転を測定する。モーターの回転を担うタンパク質を蛍光でラベルし膜上での挙動を観察する。タンパク質を合成・精製してその構造を原子レベルで決定し、更に膜小胞中に組み込んで一からモーターを作り出す。以上のような試みによって、膜を介したイオンの流れが回転力へと変換されるのかを、分子レベルで解明することを目指している。
細菌細胞はとても小さく、例えば桿菌の大腸菌の長径は約2-3 mmである。そのような微小な細菌細胞の構造は、一見単純なものに思われる。しかし、実際は真核細胞に劣らないくらいに複雑であることが近年明らかになってきた。蛍光タンパク質GFPや抗体を用いた顕微鏡観察などの手法により、さまざまな細菌タンパク質の局在が可視化され、多くのタンパク質が細菌細胞内で局在することが明らかとなった。菌体内で、さまざまな構造物やタンパク質が適切な数で、適切な場所に局在し、機能している。 たとえば、細菌の感覚器官のひとつである走化性レセプターは、細胞の極に巨大なクラスターを形成して局在している。菌体はこのレセプターで外界の情報を感じ取り、より良い環境へと移動する。この時、菌体はべん毛や線毛などの運動器官を用いて移動するが、これらの運動器官も、ランダムにどこにでも作られるわけではなく、その数と位置が適切に制御されている。ビブリオ菌べん毛ではこの数と位置制御にflhFとflhGという遺伝子が関与していることが明らかになっている。この遺伝子の機能を明らかにすることで、べん毛形成の数と位置制御の解明を目指している。
食中毒を起こす病原性大腸菌O-157やサルモネラ属菌は、ニードル複合体と呼ばれる針状の細胞小器官を使い、腸管上皮細胞内へ病原性タンパク質(エフェクター)を直接送り込んでいます。送り込まれたエフェクターは、宿主細胞の生理機能を操り、様々な病原性を発揮します。ニードル複合体の根元には、III型分泌装置と呼ばれるタンパク質輸送体が存在していて、これがエフェクターの膜透過を行っています(図1)。一方、細菌の運動器官であるべん毛にも、その根元に、同じIII型分泌装置ファミリーに属するタンパク質輸送体を持っています(図1)。べん毛のIII型分泌装置は、べん毛繊維を構築するために使われます。13種類の構成タンパク質を数万分子細胞外に輸送し、10μmに達するべん毛繊維が構築されます。私たちは、このIII型分泌装置がどのように基質タンパク質を細胞外へと輸送しているのか明らかにすることを目指しています。